私たちが普段、あたり前のように上下に分かれたズボンスタイルで着ているパジャマ。
実は、女性たちがこのカタチの寝間着を着て眠るようになったのは、今からわずか100年ほど前の1920年代からのことです。
それまでの長い歴史のなかで、女性たちの就寝時の定番は、現代のネグリジェのようなワンピース型の「ナイトドレス」でした。
当時はまだ、女性がズボンを穿くこと自体が非常に珍しく、それは最先端の生き方を選ぶモダンな女性たちの、新しくて自由なファッションだったのです。
衣服の歴史が教えてくれる、身体を本当の意味で「自由にする」ための知恵を、少し覗いてみませんか。
締め付けと、寝返りの小さな不自由
100年前の女性たちは、日中の華やかなドレスの下に、鋼やクジラの骨が入った硬いコルセットを着用していました。
理想的な砂時計の体型を作り出すために、身体を強く締め付けるコルセットは、日中の緊張の象徴そのものでした。
夜ベッドに入るときにはようやくそれを外し、胸元から裾に向かって広がるルーズなAラインのナイトドレスに着替えて身体を休めていたのです。
しかし、1枚仕立てのワンピース型であるナイトドレスは、ベッドの中で寝返りを打つたびに裾が上にめくれ上がってしまったり、布地が太もものまわりにねじれて絡まってしまうという特有の悩みがありました。
日中の強烈な締め付けから解放されたはずの夜にも、足元がスースーと冷えたり、布地が絡まって滑らかな動きが妨げられるという、隠れたストレスが残っていたのです。
ビーチやラウンジから始まった、ズボンの解放
そんな時代に、伝統的なワンピースを脱ぎ捨てて、女性たちの間で爆発的なブームを巻き起こしたのが、ツーピース型のパジャマでした。
最初は寝間着としてだけでなく、リゾート地のビーチウェアや、夜に自宅でくつろぐための「ラウンジパジャマ」として、シルクやサテン製のスタイリッシュなズボンスタイルが好まれたと言われています。
ココ・シャネルなどのデザイナーもこの機能美に着目し、女性が最も動きやすく、かつ美しく自立してくつろげるナイトウェアとして世に送り出していきました。
それまでの「日中はコルセットで縛り、夜ははだけやすいドレスに悩む」という不自由から、「自分が心地よく動き回るための自由な服」への転換。
現代を生きる私たちは、夜遅くまで他人の評価を気にしたり、正論で自分を律したりして、頭の中にたくさんの見えないコルセットを締め直してしまいがちです。
けれど、ひとたび部屋の明かりを消したなら、そこからは誰のためでもない、自分だけの時間。
「今はもう、外側のルールに縛られなくていい」。
その全肯定の安心感が、いつも全力で走り続けてしまう大人の脳を、静かな充足感で満たしてくれます。
独立した布地がもたらす、寝室の新しい開放感
近代パジャマの最大の良さは、ズボンスタイルになったことで、どれだけ寝返りを打っても足元がはだけず、寝室の中を自由に歩き回れる機動性にあります。
布地が身体に絡みつかないからこそ、皮膚は余計な摩擦から解放され、身体全体の滑らかなめぐりが夜の間に自然と戻っていきます。
布団のなかでじっとしているとき、今日あった出来事への後悔が頭の中でぐるぐると回り続けてしまう夜があります。
そんなときは、衣服のなかに心地よく広がる空間のゆとりに、自分の意識の重心をそっと預けてみるのがおすすめです。
言葉による思考をやめた脳に、ただ身体を包む生地の素朴な肌触りだけがゆっくりと馴染んでいく心地よさ。
その引き算のゆとりが、日中の忙しさでオーバーヒートしてしまった頭の中を、優しく凪いだ状態へと仕立ててくれるのです。
歴史が証明する、はだけない衣服の力
100年前の女性たちが、日中のコルセットからも、夜のナイトドレスからも解放されてパジャマを身にまとったときに感じたであろう、圧倒的な喜び。
大切なのは、一日の終わりに「今日も一日、社会の枠組みの中でよくがんばったね」と、張り詰め続けてくれた身体をすべての束縛から完全に自由にしてあげることです。
明日への心配を先回りして考えるのをやめて、ただゆったりとした布のなかで、身体の重みがそのままほどけていく感覚に身を浸してみる。
外の世界の慌ただしいルールや他人の言葉から遠く離れて、ただ何者でもない自分に戻っていく豊かな沈黙。
100年前から変わらない、身体をひらくことの素朴な安堵感に全身を委ねていくと、現代のノイズは遠くへ消え去り、朝まで途切れない静かな時間へと自然に引き込まれていくはずです。