「今夜も眠れなかったらどうしよう」という不安を抱えながら布団に入る夜はないでしょうか。
現代社会には、寝つけないことそのものを表す言葉が数えきれないほど存在しています。
ところが、電気も時計も持たずに暮らしてきた一部の狩猟採集民族の言語を調べると、「眠れない」という状態を独立した困りごととして名指す単語が見当たらないケースが報告されています。
彼らが特別に眠りの才能を持っているわけではなく、眠りに対する仕組みそのものが、私たちとは根本的に異なっているからです。
今回は、狩猟採集民族の暮らしに残る、眠りをめぐる面白い雑学を紐解いてみませんか。
体内時計が「時刻」ではなく「気温」で作動する仕組み
タンザニアのハッザ族やボリビアのチマネ族を対象にした睡眠研究では、彼らの入眠のタイミングが日没の時刻とはあまり一致していないことが分かっています。
その代わりに強く連動していたのが、気温がピークから下がり始めるタイミングでした。
人間の脳は本来、深部体温がすっと下がる瞬間をきっかけに眠気のスイッチが入るようにできています。
時計や照明のある暮らしでは「何時までに寝なければ」という数字が先行し、体温の変化という本来のサインを置き去りにしてしまいがちです。
狩猟採集民族には「寝るべき時刻」という概念そのものが薄く、身体の温度が下がりきった瞬間に自然と眠りへ移行するため、寝つけないという感覚が生まれにくいのです。
一晩通して眠り続けるのが「普通」ではないという事実
歴史学者ロジャー・イーカーチの研究によれば、電気照明が普及する以前のヨーロッパの人々は、夜を「第一の眠り」と「第二の眠り」に分けて過ごすのが一般的でした。
夜中にいったん目を覚まし、静かに過ごしたり軽い作業をしたりしたのち、再び眠りにつくという二部構成です。
現在の狩猟採集民族の睡眠を計測した研究でも、一晩を通して途切れなく眠り続けている時間はごくわずかで、夜中に短く目を覚ます場面が何度も記録されています。
私たちが「夜中に目が覚める」ことを異常事態だと感じてしまうのは、一晩ぶっ通しで眠るのが当たり前だという、比較的新しい思い込みのせいなのです。
群れの中の目覚めは孤独ではなく安心のサインになる仕組み
狩猟採集民族の多くは、家族や仲間が身を寄せ合う環境の中で眠りにつきます。
夜中にふと目を覚ましたとき、隣で誰かの寝息や火のはぜる音が聞こえてくることは、彼らにとってごく当たり前の光景です。
一人きりの寝室で目を覚まし、静寂の中で時計の数字だけを見つめる状況は、彼らの暮らしにはほとんど存在しません。
目が覚めても周囲に仲間の気配があるという状況は、脳にとって「警戒すべき異常事態」ではなく「いつも通りの夜」だと処理されるため、そこから不安が膨らんでいくことがないのです。
今夜は、眠りを「達成するもの」として扱うのをやめてみませんか
狩猟採集民族の暮らしに共通しているのは、眠りを目標達成のように扱っていないという点です。
今夜は、何時までに眠らなければという数字を頭から追い出して、ただ身体の熱がゆっくりと下がっていく感覚に意識を委ねてみるのはいかがでしょうか。
途中で目が覚めたとしても、それを失敗だと捉えず、夜の中でふと訪れる小さな休憩なのだとフラットに受け止めてみる。
眠りを一続きの完璧な作業として扱うのをやめるだけで、身体は本来持っている自然なリズムを少しずつ思い出していくのではないでしょうか。